(全32冊)

発刊にあたって


世界人としての日本人

ヴルピッタ・ロマノ(京都産業大学名誉教授)

 日本での静かな保田ブームを受けて,海外でもいよいよ保田研究はスタートし,彼の思想と二十世紀の世界の思潮との関連性が注目されている。 自分を世界の中で位置付け,なお日本人の個性を確立するのは,青年の時分に保田が取り組んだ挑戦であった。しかも,これは今の若い世代が直面する挑戦でもある。ここにこそ保田の今日性と将来性がある。この時点に刊行される「保田與重郎文庫」が、二つの世紀の間に「日本の橋」を渡すように,大きな期待を抱いている。


歴史と実感

前川佐重郎(歌人)

 私にとって保田與重郎ほどその文章に強い反撥と,逆にその不思議な魅力の磁力に引き寄せられた思想家はいない。子供の頃から生身のその人の姿と直に接してきただけになおさらである。その磁力の因ってくるところは,保田の断定的な物言いのなかに,時として自然や風物と一体となった日本人の様々な文化を包蔵する歴史の営みが,レントゲンのように透視されている点である。それは歴史考証を超えた実感として,万葉人や芭蕉にみちびくところがある。


ことだまの幸はふ国の

松本健一(評論家)

 ことばに霊魂(たましい)がある。――そのことの意味を,論理によってではなく,他ならぬことばそれ自体によって教えてくれたのが,保田與重郎であった。 わたしが保田の「日本の橋」をはじめてよんだのは,十八歳のときである。それから三十数年,よみ返すたびになおも心がざわめく。そのざわめきにひそむ恍惚と不安とに,まさしくことばの霊魂(たましい)を実感する。ことだまの幸はふ国の文人が,ここにいる。


近代批判の手法と形式

秋山豊寛(宇宙飛行士・農業)

 大東亜戦争という文明開化の悲惨な決算期をはさみながら日本の近代を思索した一人の日本人の知性の軌跡を今,主要著作の文庫本シリーズのかたちで手にすることは新鮮な感動です。 明治の開国以来の日本の風景は,失われた故郷という墓標の列でもあります。 日本の近代の在り方を批判する手法,あるいは形式としての保田與重郎は,現在,着実な知の歩みをする上で,極めて重要な示唆に富む存在です。


ぼくの熊野を読み解くために

中上健次(作家)

 京都の太秦の家に保田與重郎氏をたずねたことがあった。やくたいもなく私の故郷熊野と保田與重郎氏の大和のいずれが強力なのか,と問うと,保田與重郎氏は,若い頃,熊野を歩き廻った,熊野の玉置山の大杉を見たかと問い返された。保田與重郎氏のその時の言葉は,ことごとく謎として今もある。古典に殉じる程の書物の人が,歩いているのである,熊野を。(中略)私には,大和の保田與重郎を読むことは,熊野を新たに読み解くことなのである。(昭和六十年執筆)