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保田與重郎 略歴

 


明治43 奈良県磯城郡桜井町(現桜井市)に生まれる
大正12 奈良県立畝傍中学校入学
昭和3 大阪高等学校文科乙類に入学
昭和5 同校「学芸部校友会雑誌」に湯原冬美の筆名でエッセイを寄せる一方,同級の田中克己らと歌誌「火」を創刊
昭和6 東京帝國大学文学部美学美術史学科に入学し美学を専攻
昭和7 同人誌「コギト」を創刊 中心的な存在となる 19年で終刊
昭和10 中谷孝雄、神保光太郎らとともに「日本浪曼派」を創刊
昭和11 「日本の橋」「英雄と詩人」刊行
昭和12 「日本の橋」で池谷賞を受賞
昭和13 柏原典子と桜井市で結婚式を挙げる 東京都中野区野方に新居を定める
8月「日本浪曼派」終刊 「戴冠詩人の御一人者」で第2回透谷賞を受賞
昭和14 民芸の一行らと沖縄へ発つ
昭和17 東京都淀橋区上落合に転居
昭和20 奥西保の訪問をうける 3月応召,北支へ派遣される
昭和21 帰国,桜井の自家に還る
昭和22 「みとし会」がはじまる
昭和23 追放令G項該当者となる
昭和24 「祖国」創刊
昭和30 総合誌「新論」を創刊
昭和32 歌誌「風日」を創刊 3月新学社を設立 取締役会長となる
昭和33 京都市右京区の鳴滝に新居を定め身余堂と名付ける
昭和39 「現代畸人傳」刊行 この頃より平澤興との交遊が始まる
昭和40 義仲寺再建の落慶式を主宰
昭和43 (財)落柿舎保存会の理事就任
昭和51 落柿舎13世庵主(守当番)となる
昭和56 京大病院に入院 10月肺ガンのため死去(享年71歳)

保田與重郎が執筆した作品群